11/1(土) 旭市20周年記念式典が東総文化会館で開催され出席しました

旭市20周年記念式典が東総文化会館で開催され出席しましたが、予期せぬ出来事に遭遇しました。

 

何と東京発特急しおさい号が稲毛駅での人身事故により、旭駅到着が1時間以上遅れたのです。

 

当初は、9時13分到着だったので、10時開始の式典に余裕を持って臨めるはずでしたが、会場に到着したのは、10時半頃。幸い自分が祝辞を述べる時間帯には間に合いましたが、とてもばつが悪かったです。

 

旭市のこの20年を振り返って、何と言っても最大のピンチは、東日本大震災でした。

 

千葉県内で最も多い犠牲者を出し、さらには原発事故が追い打ちをかけました。

 

2011年3月20日の東京卸売市場で、旭産のシュンギクから基準値を超える放射線が検出され、旭産のすべての農産物が出荷停止になってしまいました。その時、明智市長と大松県議から直接電話をもらい、何とかならないかと懇願されました。

 

それを受けて、私は農水省に善処を求めたところ、出荷停止は基準値を超えた品目だけになりましが、価格は暴落してしまいました。

 

その後、関係省庁に懸命に働きかけた結果、千葉県産のすべての農水産物は風評被害も含めて損害賠償の対象となりました。

 

地元国会議員として、旭市のお役に立てたことを嬉しく思います。今後も旭市の応援団として精一杯活動して参ります。