民主党
 

長男の小学校入学で思うこと

 この4月に長男が地元の佐原小学校に入学した。昨年3月に 佐原市 は、 小見川町 、 山田町 、 栗源町と合併して香取市となった。したがって、正式名称は、香取市立佐原小学校。父親の私も佐原小学校で学んだ。入学したのは、今から38年前の1969年(昭和44年)である。親子二代で佐原小学校にお世話になるわけだが、当時のことを思い出すとまさに隔世の感である。そして、「佐原」で馴染んできた者にとっては、まだ「香取市」や「香取市民」と言われてもピンとこないし、聞きなれない香取市内の地名を聞いて、それが、小見川、山田、栗源のどこに属するのかという意識が絶えずある。だが、逆に息子の世代は、「香取市」が普通の響きであり、香取市が1市3町で合併してできたという経緯などは、どうでもよいと日常的に思う時代がやって来るのであろう。もし、そうならなかったら、合併は失敗したことになる。地域の一体性が持てない合併なら最初からしない方がよいのである。

さて、話は変わるが、私はこれまで生きてきて、人生のうちで一番時間のたつのを遅く感じたのは、小学校1年生の時であったと思っている。1時限45分の時間がやたらに長く感じられ、授業が早く終わらないないかと気をもんでいたことが多かった。そして、先生から小学校は6年、中学校は3年の義務教育で、その後高校3年、大学4年があるとの説明を聞いて、「自分は中学校まででたくさんだ。高校や大学まで行く人は、余程勉強が好きな人だけが行くんだ」と幼心に思った。その後、年を取るにしたがって、年々時間の経過が早くなっているのを実感している。ごく当たり前に言われることだが、楽しい時間は短く、辛くて苦しい時は、長く感じられる。ということは、時間のたつのが早く感じられるということは、年々楽しいことが増えているのだろうか?どうもそうではなさそうだ。自分がやらなければならないことが捗らず、成果があがらないで、ただ時間だけが過ぎてしまった時も、時間の経過が早く感じられる大きな要因だ。時間の不思議さを改めて実感している。

それにしても、少子化問題が深刻である。私が佐原小学校に入学した時は、8クラスあり、一学年の生徒数は、約340名。全校生徒は2千人を超えていた。今年の新入生は、4クラスで、130人。全校生徒も初めて千人を切った。当時の佐原小学校は全国屈指のマンモス校で、文部省から分割するよう指導を受けていたのであるから、とても信じられない状況である。私の頃は、近所に同級生が5人位いて、しょっちゅう一緒に遊んだものだった。それが、長男には近所に同級生が誰もいない。昔は日暮れまで、空き地で遊んでいる子どもたちの喚声が聞こえていたが、塾に通う子が多いせいか、子どもたちが遊んでいる姿を目にするのが、めっきり減った。大都市では、景気が良くなったと騒いでいるが、我々の住んでいる地域で、そういった声が聞こえないのは、子どもの数が極端に減っていることも、大きな原因になっているのではないだろうか。抜本的な是正策を講じるのが焦眉の急である。

私の小学校の頃と比べて、治安も間違いなく悪くなっている。新聞やテレビ等で、小学生が襲われたりする報道に接してはいたが、それは、他所の話と思っていた。当初、約2kmの道のりを一人で歩かせるつもりでいたが、不審者がたまに出没するという情報もあり、慣れるまで、学校の近くまで送ることにした。昔は、子どもを襲うような悪い奴は、日本にはいないという前提で学校が運営されていたと思うが、今は、「危機管理」という言葉が象徴するように、あらゆる事態を想定しなければならないようである。すなわち、人を疑ってかかる習性が必要な時代になってしまった。

息子の教科書を見て驚いた。国語も算数も極めて平易な内容である。色彩豊かで、文字も大きく、図解が多く施してある。分かり易い教科書であることには間違いないが、この程度のことを理解するのは、勉強というよりも遊びと思える。確かに遊びながら学ぶというが、ゆとり教育の精神かもしれない。しかし、小さい頃から楽なことよりも苦労をさせる教育も必要ではないだろうか。忍耐力や粘り強く努力する心を養うことも教育の重要な柱であるべきだ。塾に通う生徒の割合が増えているのは、学校教育だけでは、不十分と考えている者がいかに多いかを裏付けている。

(平成19年5月号)

▲このページのTOPへ

将棋にまつわる話

 将棋は、私の趣味である。どんな忙しい時でも、毎日、新聞に目を通しているが、必ず将棋欄の方にも目がいってしまう。プロ棋戦の模様や詰め将棋。これを見て考えるのが、とてもよい頭の体操である。朝日新聞夕刊に毎週月曜に掲載される将棋の特集記事は、大のお気に入りである。プロ棋士になるには非常に大変で、幸運でなれたとしても生存競争がいかに厳しいかを描いている。とても刺激を受ける内容である。また、私は現在、 成田市の加良部将棋同好会に所属し、 3 ヶ月に一度の大会にはできるだけ参加するようにしている。 6 月に大会があり、成績は 1 勝 3 敗と振るわなかったが、とても良い気分転換になった。将棋は私にとって、ストレス解消法でもある。

将棋を覚えたのは、中学校 2 年生の時だった。最初は、クラスメートの 2 〜 3 人が休み時間にやっていたのが、いつの間にか 10 人を超える仲間ができ、その仲間に入らないと置いてきぼりにされてしまうとの思いから始めたのがきっかけだった。もちろんルールは全く分からない。友だちに一から教えてもらい、やり方を真似しながら、おそるおそる指していた感覚は今でも忘れない。それが段々とおもしろくなっていき、将棋を指すこと自体が大好きになってしまった。そして、 2 ヶ月もたつとルールを教えてくれた友だちを負かすようになった。この時、出藍の誉れということわざを覚えた。しかし、どうしても勝てないクラスメートがいた。そこで、本を買って研究するようになった。その甲斐あって、半年後にはその友人に勝つことができた。まさに好きこそ物の上手なれである。

将棋は、古代インドで遊ばれていた盤上ゲームが発展し、紀元前 3 世紀頃インドで創造されたと言われている。それが、いくつかのルートを経て、西洋将棋(チェス)や中国や日本の将棋になったのである。他国の将棋と比べて、日本の将棋に特徴的なルールが一つある。それは、相手から取った駒を再使用することができる点である。このことについて、その語り口で多くの将棋ファンを魅了した故芹沢博文八段が、日本が単一民族であるが故に、そのルールが確立したと語っていたのが思い出される。つまり、他民族同士が戦争した場合、勝利した側は、負けた側の兵隊を処刑するのが、歴史の常だったのである。したがって、チェスの駒のように、最初から黒と白に分かれている場合、相手の駒を取って、それを自陣のために使おうとする発想が全くないのである。その点、日本では、敵側の兵隊を捕虜にした場合、恭順の意を示せば、処刑せずに自陣の要員として受け入れたのである。相手の駒を再使用するルールが確立したのが、 16 世紀後半だと言われているが、当時は、戦国時代の世である。となると、捕らえられた兵の中には、最初の味方に敵対して戦わざるを得ない者もいたのかもしれない。

「将棋を指してプラスになることは何ですか?」と聞かれることがあるが、私は、大きく言って二つあると思っている。一つは先を読む力を養うことである。アマのレベルでは、せいぜい数手先を読むのが関の山だが、プロだと何十手先も読むそうである。それはともかくとして、将棋は相手がいてはじめて成立する。自分が指す手に相手がどう出てくるかを予想するのが重要なのである。これは、対人関係を伴うあらゆる仕事に必要なことだ。二つ目は、それぞれの人員の特徴を考えて、それをうまく配置する構想力を養うことである。将棋の駒は全部で 8 種類あるが、それぞれ進み方が違っている。これを効果的に配置して、それぞれの持ち味を十分に発揮させることができれば、勝利に近づくことになる。

さて、ここでおもしろいエピソードを一つ紹介したい。私の従兄弟にあたる故山村新治郎代議士から聞いた話である。代議士に当選して間もない頃、田中角栄氏と対局する機会があり、5度とも山村代議士が勝った。角栄氏は、当時将棋連盟から 4 段の免状をもらっていた。「山村君、君は何段だ?」と聞かれたので、「一応 3 段の免状は持ってます。」と答えたところ、「それは、違う。 4 段の俺に勝ったんだから君は 5 段だ。」と言ってのけたそうだ。このあたりに、大物政治家の片鱗が示されていると思う。

県議会議員当時、私は将棋部に所属し、毎年女流プロと対局する機会に恵まれた。その折に、相手に角落ちで指してもらい、一度勝利することができた。その時に、 3 段の免状をもらうことができた。もう少し腕を磨き、 4 段にチャレンジできればと思っている。

(平成19年7月号)

▲このページのTOPへ

スピーチについて

  「女性は子どもを産む機械」と言った柳沢厚生労働大臣の発言が大騒動になった。ご本人は、聴衆に分かりやすく説明するために例え話をしたと当初釈明していたが、野党やマスコミ等の集中砲火を浴びると繰り返し謝罪するに至った。この問題は、今後も尾を引きそうである。まさに口は災いのもとである。と同時に中国のことわざに、「綸言汗の如し」というのがある。一度口に出した君主の言葉を取り消すのが難しいのは、汗が再び体内に戻ることのできないとの同じであるとの意味だ。すなわち政治に携わる者は、発言する以上は、その言葉に全責任を負う覚悟が必要なのである。

言葉の語源は、言霊(ことだま)だそうである。つまり、言葉には、霊が宿っており、それが伝わることで、人の心が動かされるのだ。宮崎知事選挙に当選したそのまんま東候補の演説の模様をテレビで見たが、彼の言霊が多くの有権者に伝播して、圧倒的勝利をもたらしのだと思う。まさに政治家にとって言葉は命であり、言葉なくして、政治は成り立たない。

これまで数え切れないほどスピーチをしてきたが、その経験から言わせてもらうと、聴衆に何を伝えたいかが明確で、その思いがいかに強いかで、スピーチの出来不出来が決まると思っている。このことを具体的な例を挙げながら説明していきたいと思う。

私は30歳で、県議会議員に初当選し、 34 歳で結婚した。この期間あまり気乗りしなかったのが、結婚式でのスピーチだった。独身の自分が結婚生活のモットーを言ったところで何の説得力もない。少子化が進んでいるから早く赤ちゃんをと言ってもただの押し付けに過ぎない。当初は散々なスピーチだったと記憶している。おもしろい話が一つある。それは、私が県議会議員なりたての頃、当時の新進党を代表しての県議会質問で、少子化問題を取り上げることになった。私が本会議で、少子化対策を問い質していた最中、「そんなえらそうなことを言う前に結婚しろ」との野次が飛んだ。それに対して、「結婚しなくても、子どもはできるぞ。頑張れ」との野次も聞こえた。議場は爆笑の渦につつまれた。今となれば笑い話だが、当時独身の自分にとっては、とても肩身の狭い思いをした。

話を元に戻すが、自分が引け目を感じて、それが言動を左右するようでは、結婚式のスピーチはうまくいかないだろうと途中から気づいた。そこで、できるだけ新郎・新婦の馴れ初め等の情報をできるだけ収集し、そこから感じたことを率直に伝え、明確なメッセージにすることを心がけた。特に当時から、新郎・新婦のプロフィール等を小冊子にするのが珍しくないので、それを手にして熟読するのが、今でも習慣になっている。例えば、あるカップルの馴れ初めは、コンビニの店員と客との関係で、何回か顔を合わせるうちに自然とデートをする仲になったとのことだった。この情報を得て、スピーチでは次のように述べた。

「今日はお二人に美点凝視という言葉を贈りたいと思います。人の相性がいいとか馬が合うとか言いますが、まさにお二人は誠に相性がいいのだと思います。人間は誰でも長所と短所があるものですが、相性がいい人間関係というのは、自然と相手の長所が目に付いて、短所があまり気にならないことだと思います。これからの同じ屋根の下暮らすわけですから、当然今まで気付かなかった相手の短所も目にするでしょう。そうであっても、相手の美点を凝視すれば、それは気にならないと思います。そうすれば、夫婦円満な家庭が築けるのではないでしょうか。」

そして、スピーチに心がこもるように、はっきりとした言葉で、うまく間をおきながら抑揚をつけるのも大切だ。これを体得するには、場数を踏む以外にないと思っている。特に私の場合、早口の傾向がある。熱がこもると自然と早くなってしまい、気持ちは伝わるが、言葉ははっきり聞こえないとのご指摘を受けることがある。

情報化社会と言われて久しいが、今後あらゆる所で情報が氾濫し、どの情報が本当に正しいのかを判断するのが、益々困難になってくると思われる。その時に、生身の人間から発した言葉が、言霊になって大きな影響力を持つことは間違いない。そのことを肝に銘じ、政治に携わる者は、スピーチに磨きをかけなくてはならない。

▲このページのTOPへ

「命」という言葉

 昨年平成十八年を象徴する一文字は、「命」だそうだ。皇室に四十数年ぶりに、男子が誕生したことは慶事であったが、一方で、親が子供を虐待死させたり、子が親を殺したり、また、いじめによる自殺が大きく取り上げられるなど殺伐とした一年であった。そして、今年こそは、よい年になって欲しいと思っていた矢先にとびこんできたニュースが、兄が妹を、そして、妻が夫を殺しバラバラにした事件だった。事件の背景や原因について、テレビや新聞で夥しい報道がなされているが、あまりに興味本位な取り上げ方が多いような気がしてならない。今、一番つらい思いをしているのは、家族である。その家族をさらに苦しめるような報道の仕方は、慎むべきではないかとの思いを禁じえない。それはともかくとして、今年も命の大切さを懸命に伝えなければならない一年になりそうである。

まず、「国の命」とも言うべき、人口を考える時に懸念されるのが、少子化の進行である。当初の予想をはるかに越えて、日本も平成十七年から人口減少社会に突入してしまった。昨年は、出生数が前年対比で増加しているとの報道もあるが、依然として低水準であるということには変わりない。合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの平均数)は、1.3前後で推移することが予想され、海外からの移民を大量に受け入れないかぎり、日本の人口は減少の一途をたどることになる。各種世論調査を見ると、希望としては2〜3人の子どもを持ちたいと思っているのに、経済的な事情等で、実際には、子どもを産まなかったり、産んでもたった一人という女性が大半を占めている。このことは、子どもを持つかどうかで、迷っている女性がいかに多いかを物語っている。

今から四年程前に、子を持つ母親に行った政府世論調査の結果、育児に大変さを感じる母親が増えているとの報道がなされた。いつの時代でも、育児が大変であることは変わりない。ある意味で、自己犠牲なくして成り立たないのが、育児である。それをことさら、育児の大変さを強調するような調査を行うことは、結果として、育児に対するマイナスイメージを植え付けることになってしまう。そうではなく、子ども持つ素晴らしさを、官民挙げて積極的に伝えることが必要なのではないだろうか。

私にも6歳の長男と4歳の長女の二人の子どもがいる。仕事の関係でなかなか面倒を見ることができないが、子どもといる時は、すこぶる楽しい。経済的負担は増え、心配ごとは尽きないけれども、子ども持つことは、何事にも替えがたい喜びである。そして、この子らのためにも一生懸命働かなければとの意欲も湧く。恐らく私の両親もこんな思い出で自分を育ててくれたのだと思う。まさに、「子を持って、親の心を知る」である。

そして、私たちの命がいかに尊いかを改めて認識すべきである。私には、もちろん二人の親がいる。両親にも二人の親がいる。そのまた両親を数えると八人になる。このように数えていくと、十代前では、千二十四人になる。つまり、2のn乗分の数になるのである。と言う事は、二十台前に遡ると百万人を超える。(まったく、赤の他人同士で結婚したという前提での数であるが)四世代で、百年経過すると考えると、五百年前は、自分の祖先が、百万人以上いる計算になる。そして、そのうちのたった一人でも欠けたとしたら、今日の自分は存在しないのである。このように考えると、私たちは「生きている」と言うより「生かされている」との表現が適切である。その命を奪ったり、自殺することが、いかに重罪かを今一度肝に銘ずるべきである。
イラク戦争で、すでに三千人以上の死者を出した米国ブッシュ政権が、政策転換を迫られている。もうこれ以上の犠牲者を出すべきはないとの世論が盛り上がり、街頭でのデモが各地で行われている。そのなかには、女性の権利拡大を主張するグループもいる。彼女たちは反戦を声高に主張しているが、一方で、子どもを産むか産まないかは女性の選択に任せるべきだと言っている。つまり、中絶の合法化を求めているのである。彼女らには、「胎児は、神からの授かりもの」という考えはまったくない。あたかも「自分たちの所有物」のごとく捉え、胎児を命とみなしていないようである。そういう人たちが、反戦平和を唱えることに、私は、違和感を覚えてしまう。命の根本をしっかり認識してもらいたいと思う。

▲このページのTOPへ

議会審議を形骸化させないために

 河野衆議院議長の諮問機関である議会制度協議会 ( 座長・逢沢一郎議院運営委員長 ) が、法案などの委員会採決前に開催している公聴会のあり方を議論することになった。去る 11 月、衆議院教育基本法特別委員会で同法改正案に関する公聴会を行ったその日のうちに、与党側が採決し、反発した野党が審議拒否をし、国会が混乱した。これを踏まえて、河野議長が国会改革の一環として協議会に検討を要請した。

国会法第 51 条は、「一般的関心および目的を有する重要な案件について、公聴会を開き、利害関係者または学識経験者から意見を聞くことができる」と規定している。しかしながら最近の国会運営では、採決の直前に公聴会が開かれるケースが多く、公聴会の意見が法案等に反映される余地がほとんどないようだ。そして、公聴会を開催すればいつでも採決できるという委員会運営になっており、公聴会は、単なるセレモニーになっているのが実情だ。

その点、民主主義の本家本元である米国では、公聴会が非常に重要な位置を占めている。公聴会での証言内容が、法案の行方を左右することがしばしばある。米国の場合、日本のように党議拘束でがんじがらめにしばられていないことが大きな要因だが、法案が提出された際、それに対する賛否は留保し、法案審議を踏まえた上で、態度を明らかにする議員が少なからずいる。したがって、公聴会での専門家や各種団体の発言が各議員に少なからぬ影響を与えているのである。

一方日本の場合、前回の衆議院解散がよい例だが、党議に反して郵政民営化法案に反対した議員が自民党からの離党を余儀なくされたように、非常に厳しい党議拘束がかかる。法案提出前に与党内で意見集約をし、それに基づいて法案を国会提出し、提出した以上は、厳しい党議拘束をかけるという現状を改めないかぎり、公聴会のみならず、国会審議全体が活性化しないのではないだろうか。

そこで、法案提出段階では緩やかな党議拘束にとどめ、与野党の質疑を通じて論点を明確にし、その後公聴会を開き、場合によってはそこでの意見を取り入れて法案を修正し、採決の段階で厳しい党議拘束をかけるといった方法にでも、変えてもらいたいと思う。そうなれば、国会での審議内容が法案の成否を左右することになり、国民の関心も高まるのではないだろうか。

さて、話は変わるが、最近地方自治体の首長が相次いで逮捕されている。その時に、必ずと言っていいほど、議会のチュック機能が問題にされている。私もかつて、 千葉県議会に身を置いた者として、その経験に基づいて述べさせて頂くとすれば、行政側は、チュックされるのを基本的にいやがっていると言っても過言ではないと思う。指摘したいのが、県議会での議会質問のあり方である。本会議で質問する場合には、前もって項目を通告することが定められている。県政は広範囲に及ぶので、答弁する側の立場からすれば、そうしてもらわないと、十分な答弁ができないと言うのはもっともなことだ。そして、私は、十数回登壇し、質問をおこなったが、自分の真意をしっかり理解してもらうために、質問項目のみならず、質問の原稿もすべて事前に提出した。そこで、必ずと言っていい程、「ここの部分は、このように変えて欲しい」とか「この質問は、やめて欲しい」とか言われるケースが度々あった。そして、非常にビックリしたのは、「再質問はありますか ? 」と聞かれた時だった。議員は答弁に納得がいかない時は再質問、さらには、再々質問まですることが、認められている。「答弁はどうなるの ? 」と尋ねると、「それは教えられません」との答え。「答弁が分からなければ、再質問のしようがないではないか」と叱責したことがあった。私の認識に誤りがあった場合には、事前の要請に従ったこともあるが、少なくとも自分の正しいと信じたことはしっかりと発言したと自負している。

しかし、残念ながら、議員の中には、自分で調査する手間を省き質問原稿を執行部側に依頼するケースがいまだにあるそうだ。質問を書く人と答弁を書く人が同一人物ということになり、まさにその人は、議会のシナリオライターである。かつて、私の米国の友人が県議会本会議を傍聴し、次のような感想を述べた。「日本の議会は、台本通りの演劇をやっているみたいだね。」

▲このページのTOPへ